2016年5月18日水曜日

反日日本人へ


「反日日本人」という言葉を初めて聞いたのは、昨年の夏だった。まだ、一年も経っていない。ネットの報道番組で聞いた時には、初めは、大変な違和感があった。元来、右翼は大嫌いだ。暴力団の隠れ蓑になっている、と言われている。宣伝カーが街を我が物顔に占拠する。きっと、右翼思想だと思った。
しかし、反日思想は、自虐思想として日本人の多くに浸透し、特に、中国と韓国が「国策」としていることが分かって来た。これは、一種の人種差別であって、中国と韓国が、それを国策の柱とするのは、他に国民をまとめる手段がないから分かるが、なんで日本人の中に、自らを人種差別し、卑しめる者たちが多いのかは、理解に苦しんだ。
しかし、反日活動家の多くが、中国や韓国とのパイプがあって、利益を得ていることが分かって来た。親中派とか、親韓派と呼ばれる人たちがいて、単純に友好的な人たちも多いが、政府開発援助(ODA)を、中国に年間300億円贈り続けることで、それなりに報酬を受け取っている政府高官がいると聞いた。親中派、親韓派はー政治はみんな、そんなところがあるが—儲かるのだ。
しかし、相当な利益を得ていなくても、日本を卑しめ、中国と韓国に媚びる、反日日本人の数は、かなり多い。 これは、右翼だとか、左翼だという話ではない。本人にも、自分は左翼だという考えはないだろう。こういう人たちは、単純に、「日本が嫌い」なのだ。日本人なのに、「日本が好き」と言えない人たちだ。上のグラフにあるように、アジア諸国は、中国と韓国以外は、日本を愛している。けれども、当の日本人の中に、日本嫌いがあるのだ。
この反日日本人が、国連に行って、ずっと南京大虐殺や、従軍慰安婦といった、中国や韓国の反日工作のプロパガンダとなって来た。日本の外務省は、何一つ対策をとって来なかったから、問題はどんどん深刻化してしまった。最近、「事実ではない」という声が、日本政府の中からちらほら上がって来たが、現首相も、「事実ではない」とはっきり言わず、謝罪と合意をするから、問題はますます悪化している。
けれども、問題は、海外で反日活動を続けている日本人以上に、国内で反日活動を続ける人が多く、彼らが「脱原発」「改憲反対」「戦争法反対」「安保反対」といった立場を取っていることだ。すぐに気がつくことだが、反日日本人の主張は、共産党の主張とまったく同じだ。マルクス主義を援用し、国家権力の否定をしている、「破壊活動防止法」により、公安の監視下にある一大勢力に組しているのだ。
反日日本人の特徴は、「話し合いが成り立たない」ことにある。「嫌悪感」が原動力なので、論理的整合性を求めない。事実はどうでもよく、嫌いなのだ。嫌悪の感情に動かされていると言える。 だから、「国家安全保障」ということばを「戦争法」と言い換える、レッテル貼りをする。それは、「いじめ」のやり方と同じだ。「中身はどうなの?」と聞いても、中身なんかどうでもいい、憎しみのレッテルを貼るのだ。
このような反日活動を、最近は、日本のキリスト教諸団体が、結束して行うようになって来た。私はもちろん、同じ日本人の中に、親日派も、反日派もいていいと思う。けれども、話し合いが成り立たないから、反日派は親日派を、嫌悪して、排除する。安保法案に賛成したために、大学の学長を首になったりする。キリスト教が、中立ではなく、反日に大きく舵を切ったのは、由々しき問題だと考えている。
明治時代のキリスト教が、「日本を愛し、キリストを愛する」と、ふたつのJ、Jesus and Japanをうたったところに、戻ってほしいと思っている。 反日日本人は、アジア諸国が日本を愛してることを歓迎しない、いや、認めようとしない。私は、キリスト教が自虐的になっているだけでなく、クリスチャンひとりひとりが、自虐的になっていることを憂う。それじゃ、未来がないからだ。また、憎しみのとりこになっていることを憂う。マスコミがどんなに、反日思想によって憎しみを植え付けようとしても、凛として立ってほしい、と思う。
私は、中国や韓国の反日政策には反対だし、日本人の反日活動にも反対だが、中国人と韓国人の中に、日本を愛する人たちもいるのだから、反中国、反韓国の感情など、全くもっていない。ただ、ミサイルの照準を日本に向けるな。三度目の原爆はもう要らない、撃ってくれるな、と言いたいだけだ。「反日をバネにする」という政策はやめてほしい。また、反日日本人には、日本人を愛してほしい。おのれを憎まないでほしい。